現在、カタカナ語が氾濫している。 日本語はそのカタカナ語によって破壊されてきた。しかし、誰もこの破壊を止めることができていない。
そこで、カタカナ屋はなぜカタカナ語が氾濫するのかについて考える。そして、彼はその氾濫の解決案を提示するつもりである。
理由
- 日本国の統治者が言語を統治する能力を持っていない。
これがカタカナ語の氾濫の理由である。政府の役割は統治である。だから、本来であれば、政府が国内における言語を統治する能力を持つべきである。しかし、現状、政府はその能力を持っていない。そのため、彼らはカタカナ語を統治することができず、カタカナ語の氾濫を許してしまっている。これは政府が洪水を治める能力を持っていないようなものである。
なお、この能力は政府の無能さというよりも、その能力を法的に持たせてもらえないことに由来する可能性がある。日本人が政府による統治を拒絶するので、カタカナ語の洪水が治水されていないという側面がある。これは政府のせいというよりも、日本人の価値観に由来する。日本では、政府の役割が言葉で明確に定められていないので、政府が何であるのかが非常にあいまいである。
似た問題には、景観の醜さや住所の命名のデタラメさがある。これらもまた日本人による政府の統治の拒絶の結果であり、政府のせいではない。「政府は民間に口を出すな」といって、政府の統治を拒絶した結果、無法地帯になり、カタカナ語が溢れる。
解決案
解決案は、当然、言語に関する統治能力を政府に持たせることである。
- 政府がカタカナ語を統治する。
この統治はカタカナ語を使うことを禁止することである。例えば、企業や官僚、自治体、報道や出版がカタカナ語を使ったりすることを法律で禁止する。このとき、カタカナ語は氾濫しない。
また、政府の役割を言語的に定めることも必要である。つまり、人々が「私が認識するのは、政府の役割は統治である。」と自分の言葉できちんと宣言することが必要である。自分の言葉できちんと宣言しないので、政府の役割が曖昧になり、政府が民を甘やかすお父さんやお母さんになる。