前の記事では、かたかな屋はなぜカタカナ語が氾濫するのかについて述べた。そこでは、彼は政府がカタカナ語を統治するべきであると述べた。
このとき、一つの問題が生じる。それは誰がカタカナ語を日本語にするべきであるのかである。もし政府の役割が統治であるならば、カタカナ語を日本語にすることは政府の役割でない。なぜなら、その行為は統治というよりも創造である。だから、政府がカタカナ語を日本語にする必要はない。
では、誰がカタカナ語を日本語にするべきであるのかであるのだろうか?この文章では、かたかな屋は創造者という考えを導入して、カタカナ語を日本語にすることを創造者にやらせるべきであると結論付ける。
誰が?
- 創造者がカタカナ語を日本語にする。
ここでの創造者とは、カタカナ語を日本語にする主体である。歴史的には、例えば、西周が創造者であった。彼は哲学などの単語を創造した。
この創造者は政府や官僚でない。政府は創造者でなく、統治者である。官僚は創造者や統治者でなく、実行者であるように見える。または、競技者。
その固有名詞は?
誰がカタカナ語を日本語にするのかを決めた後、人々はその誰を固有名詞として具体的に決める必要がある。それは個人でも団体でもよい。団体の場合、それは官僚や政治家や学者ではない。基本的には、官僚は実行者であり、政治家は統治者であり、学者は分析者である。
ここでは、創造者の固有名詞をかたかな屋と便宜的に仮定しよう。実際、かたかな屋はカタカナ語を日本語に直す創造者になるための団体として作られた。このように、誰がカタカナ語を日本語にするのかを決めた後、その誰を固有名詞として非常に具体的に特定する必要がある。
カタカナ語を日本語にする過程
最後に、かたかな屋はカタカナ語を日本語にする過程について考える。創造、政府による採用、統治の順がある。
- 創造者(固有名詞)がカタカナ語を日本語にする。
- 政府がその体系を採用する。
- 政府がその体系に基づいて、カタカナ語及び日本語を統治する。
かたかな屋を創造者と仮定すると、その流れは次である。
- かたかな屋がカタカナ語を日本語にする。
- 政府がかたかな屋の体系を採用する。
- 政府がその体系に基づいて、カタカナ語及び日本語を統治する。
つまり、かたかな屋がカタカナ語を日本語になおし、政府がそれを採用して、カタカナ語を管理・統治する。